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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5650号 判決

原告 稲垣安次郎 外五名

被告 ジヤパンキヤリエーヂ株式会社 外一名

主文

被告等は各自原告稲垣安次郎に対し金二二〇、〇〇〇円、原告稲垣キン、原告稲垣亀太郎、原告稲垣幸之助、原告吉野阿以、原告加藤キヨに対し各五〇、〇〇〇円およびそれぞれこれに対する昭和二九年三月一五日から右各支払済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払え。

原告等のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は、原告等勝訴の部分に限り、原告稲垣安次郎は被告等に対し各金三〇、〇〇〇円つつの、原告稲垣キン、原告稲垣亀太郎、原告稲垣幸之助、原告吉野阿以、原告加藤キヨは被告等に対しそれぞれ各金五、〇〇〇円つつの担保を供するときは、仮にこれを執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

成立に争のない甲第一号証の一ないし三、原告稲垣亀太郎本人尋問の結果によると、原告稲垣安次郎は明治一二年五月四日生れで亡稲垣タケの夫であり、かつて東京都下の消防組合の総代および地元の火消「い組」の組頭をしていたものであり、その他の原告等はいずれも右タケの実子で、それぞれ成年に達し独立して生活を営んでいるものであることが認められ、被告ジヤパン、キヤリエーヂ株式会社がタクシー業を営むものであり、被告赤川竹松がタクシー運転手として右被告会社に雇われ、その業務に従事していたものであることは、当事者間に争がない。

成立に争のない甲第三号証ないし第一〇号証、証人高橋広一の証言、検証の結果によると、昭和二九年三月一四日午后七時五〇分頃、東京都中央区日本橋本町一丁目三番地先道路通称「昭和通り」の交叉点において、同番地先から同所一二番地方面に向け徒歩で同道路を横断中の亡稲垣タケ(明治一五年八月三日生)と、同道路を同区江戸橋方面から同都千代田区神田岩本町方面へ向けて被告赤川(昭和一〇年一月一八日生)の運転する被告会社所有の営業用小型四輪自動車第五―九五一九〇号オペルオリンピア号とが衝突し、(右タケと右自動車とが衝突したことは当事者間に争がない。)そのため右タケは約三米はねとばされて同道路上に顛倒し、その結果、同日午后一〇時五分頃同都文京区本富士町一番地東京大学附属病院において、右衝突に基く頭腔内損傷の傷害により死亡したこと(右日時場所において右タケが死亡したことは当事者間に争がない。)を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。そこで右の事故発生の事情について考えるに、前掲各証拠および証人斉藤茂雄の証言を綜合すると、右交叉点は交通整理の行われていないところであり、右交叉点における前記昭和通り道路の幅員は車歩道合わせて四二、三米、そのうち車道の幅員は三二、三〇米であり、その車道の中央部に幅員一〇、九米の中央式安全地帯があり、右衝突の地点は前記岩本町に向つて右安全地帯の左側部分(その副員一〇、七米)の車道内のほぼ中央に位すること、右交叉点においては昼間は歩行者自動車の交通量が極めて多いが午後六時頃より歩行者の交通量は激減し、自動車のそれもやや減ずること、右衝突にさきだち、被告赤川は同日午後七時五〇分少し前頃乗客一人をのせて前記オリンピア号を運転し、右の衝突現場交叉点の約五〇米手前にある同都中央区江戸橋昭和通り交叉点において、赤色信号のため、右岩本町に向つて左側の大型乗用車と右側中型乗用車との間に、これらとともに三台並列して停車していたのであるが、青信号がでたので、右各自動車とともに同交叉点を発車し、右大型車は右オリンピア号の進行方向の左前前方に、右中型車は右オリンピア号の同右側後方に位する位置関係にて三台とも時速各ほぼ三五粁の速度で進行し、前記衝突現場交叉点にさしかゝつたのであるが、その際被告赤川は、自己が運転する右オリンピア号の左斜前方約六米のところを先行中の右大型車が突如左に方向転換し左側寄りに大きく迂回して進行するのを認めたのであるが、かような場合には自動車運転手としては交叉点の手前でありしかも右の先行車の右のような進行振りから進路前方路上に障碍物の存在が予想されるのであるから、特に注意して前方注視をなし、警音器を鳴らしてよく進路を警戒し、かつ何時でも急停車あるいは方向転換をなすことができるように速度を調節し、制動の用意をなし、以つて進路前方路上の歩行横断者等障碍物と衝突すべき危険を未然に防止すべき注意義務があるにかかわらず、被告赤川はこれを怠り、右先行車の方向転換に気をとられ、警音器もならさないまま慢然時速約三五粁の速度でなお約七米直進した後、自己のやや左寄の前方約一五米のところに同交叉点の同道路上を左から右に小走りで横断中の右タケを発見したが、直ちに急停車させることができず、かつ狼狽のあまり直ちに方向転換の措置をとることもできず、右オリンピア号をそのまま直進させ、右タケに接近してようやく左に把手を切らうとしたが間に合わず、その時右オリンピア号前部右前燈部附近を右タケに衝突させて同人を約三米はねとばして同道路上に顛倒させ、その結果前記のとおり同人を死亡させたことを充分に認定することができ、これを覆えすに足りる証拠はない。

右事実からすれば、右衝突の事故が、被告会社の事業の執行として自動車を運転していた被告赤川の過失に基いて発生したことが明らかである。

右事故による右タケの死亡により、右タケの夫たる原告安次郎および右タケの実子たるその他の原告等が、著しく精神的苦痛を蒙つたことは原告稲垣亀太郎本人尋問の結果によつて充分に認めることができ、同原告本人尋問の結果とこれによつて成立を認めうる甲第二号証の一ないし五、八ないし二五、二七ないし四六、四八ないし五二によると、原告安次郎が、右タケの通夜および葬儀の費用として合計金二二五、〇一一円、自宅から火葬場までの同人の遺体運搬およびそれの附添費用として金五、〇五〇円以上総計金二三〇、〇六一円を支出し同額の損害を蒙つたことを充分に認めることができる。原告安次郎が仕着せ代金二二、四〇〇円、葬儀のための遠来の泊客のためのシーツ代金五〇〇円、引菓子代金一八、〇〇〇円を各支出したことは、原告亀太郎本人尋問の結果および前同様これによつてその成立を認めうる甲第二号証の六、七、二六、四七によつて充分窺うことができるのであるが、原告亀太郎尋問の結果によると、右仕着せ代金の支出はとくに原告安次郎がもと火消「い組」の組頭をしていたことによつて必要とせられたものであり、右シーツ代金の支出は遠来の泊客のためにとくに必要とせられたものであることが認められるから、右各支出による損害はともに特別事情に基く損害であるとみるべきであるところ、右事情を被告等において予見しまたは予見しうべかりしものであつたことを認めるに足りる証拠はなく、右引菓子代金の支出は、本件事故により右原告が蒙つた損害とみることができないから、右原告の右各支出による損害発生の主張は理由がなく、また右原告は前記認定の損害とこのほかなお通夜および葬儀費用の支出によつて結局合計金四十数万円損害を蒙つたと主張し、原告亀太郎本人尋問の結果によると、通夜および葬儀費用として金四〇〇、〇〇〇円ないし金四五〇、〇〇〇円を支出した旨の供述がみられるが、前記認定の損害を超える損害の発生についてはこれを裏づける証拠がないから、右供述をにわかに信用することができず、従つて右主張もまた理由がない。

ところで、前記認定のとおり、本件事故発生の場所である前記交叉点は自動車の交通量が多く、また右交叉点は交通整理の行われていないところであるから、右交叉点において昭和通りを横断しようとする歩行者は、自己の進路の安全を確認し、自動車の進路に接近しない等自動車との衝突を未然に避くべき注意義務があるのに、前出甲第三ないし第一〇号証、証人高橋広一の証言、検証の結果によると、右タケは昭和二九年三月一四日午后七時五〇分頃右交叉点にさしかかりつつあつた前記三台の自動車の直前を慢然横断するの挙に出でたものであることが認められ、この事実からすると、本件事故の発生はまた右タケの過失にも基くものであるといわねばならず、本件損害賠償の額を定めるにつき右過失が斟酌されるべきである。

そこで、前記原告等の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料の額について考えるに、前認定の原告等の社会的地位ならびに本件事故の程度および態様、ならびに原告亀太郎本人尋問の結果、証人斉藤茂雄の証言とこれによつて成立を認めうる乙第二号証、成立に争のない乙一号証によつて認定することのできる被告会社がその主張のように右タケの治療費金二、〇〇〇円、前記病院から右タケの自宅までの右タケの遺体運搬費金八〇〇円を支払い、葬儀当日金一〇、〇〇〇円の香奠を供えるとともに自動車数台を無料で貸した事実、ならびに原告の蒙つた苦痛の程度その他諸般の事情ならびに前記タケの過失の程度および態様等を勘案するとき、右慰藉料の額は原告安次郎に対し金七〇、〇〇〇円その余の原告等に対し金各五〇、〇〇〇円を以て相当とし、また、原告安次郎が本件事故により金二三〇、〇六一円の財産的損害を蒙つたことは前記のとおりであるが、前記タケの過失の程度および態様を勘案するとき、原告安次郎に対する財産的損害の賠償額は金一五〇、〇〇〇円を以て相当とすると考える。

そこで、次に被告会社が、被告赤川に対する選任およびその事業の監督につき相当の注意を払つた旨の被告会社の抗弁について考える。証人華園繁弥の証言によると、一方、被告会社が運転手を雇い入れるにあたり、当人の自動車操縦の技能、勤務状況、人柄等につき、そのものが以前就職した会社に照合してこれを一般的に調査し、かつ被告会社においてもその点につき一般的な試験を施していたこと、運転手に採用の後には、その職務上の一般的留意事項につき注意を促していたこと、また被告会社は雇傭運転手等の営業状態を監督するため、巡回車輛とよばれる自動車を出して一般的に右運転手等の営業状態の監督をなしていたことは認められるのであるが、他方、右証拠および前出甲第五号証、第九、一〇号証によると、被告赤川は真実は昭和一〇年一月一八日生れであるのに若年の故を以つて被告会社への採用が不合格になるのを怖れ、被告会社に対し昭和四年一〇月一日生れといつわつていたものであり、このいつわりはその戸籍謄本を取り寄せる等多少の注意を払えば容易に判ることであるのに、被告会社は被告赤川の雇入にあたつても、またその後においてもこれに気づかなかつたこと、被告赤川は本件事故をおこす以前に速度違反により五回駐車違反により二回、それぞれ取調を受け、そのうち速度違反により三回処罰を受けていたものであるのに、被告会社がこれに気づいていなかつたことを認めることができ、これらの事実を併せ考えると、被告会社は、使用者としてその免責に必要な被用者被告赤川の選任およびその事業の監督についての相当な注意をなしたものであるとは到底認めることができず、他にこれを認めさせるに足りる証拠がない。それ故被告会社の右抗弁は理由がない。

以上の次第で、被告赤川は本件不法行為をなしたものとして、被告会社は被告赤川の使用者として、被告両名には、各自、原告安次郎に対し前記慰藉料金七〇、〇〇〇円および前記財産的損害に対する賠償金一五〇、〇〇〇円ならびに右各金員に対する本件事故発生の日の後である昭和二九年三月一五日からこれらの支払済にいたるまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、その他の原告等に対し前記慰藉料各五〇、〇〇〇円つつ、ならびに右各金員に対する前同様同日から右各支払ずみにいたるまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、従つて原告等の本訴各請求は、被告等に対し右義務の履行を求める限度で理由があるから、この限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条を仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 守田直 大沢博 海老塚和衛)

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